令和3年春・秋 邦人・外国人叙勲伝達式の実施
令和4年7月5日

1 概要
6月15日(水)、令和3年春叙勲の栄誉に浴されました林 慶太様(令和3年春旭日双光章)、レナト・ケンジ・ナカヤ様(令和3年春旭日双光章)、東ルイス様(令和3年春旭日双光章)、令和3年秋叙勲の栄誉に浴されました、鈴木章子様(令和3年秋旭日双光章)、小賀誠二様(令和3年秋瑞宝小綬章)、ペドロ・イサム・ミズタニ氏(令和3年秋旭日単光章)に対し、在サンパウロ日本国総領事公邸にて、表彰状伝達式を行いました(これまでのご貢献については下記2のとおり)。叙勲者の皆様の長年にわたる日伯友好関係への大きな貢献に改めて深く感謝し、栄えあるご受賞を心からお祝い申し上げます。
2 叙勲者の皆様のこれまでの功績
(1)林 慶太(宗慶)様
林様は、ブラジル国内各地に点在する門下生に茶道の稽古をつけ、質の高い茶道の指導を行ったほか、サンパウロ大学に茶道講座を開講し、ブラジルにおいて日本文化の普及を担う次世代の学生らに、茶の湯の世界に留まらない日本文化の教育を施すことに尽力されました。またブラジルの一流の美術館や文化機関との協力により、多種多様な催し物で茶の湯を紹介し、幅広い層に対して茶道を紹介、対日理解促進に貢献されました。
(2)レナト・ケンジ・ナカヤ様
ナカヤ様は、父親である中矢末吉氏からサクラ中矢食品を引き継ぎ、経営改革に取り組むことにより、同社をブラジル国内の醤油市場で85%、味噌市場で95%のシェアを占める会社に成長させ、同時に、ブラジル各地で醤油や味噌の販売キャンペーンを実施し、これまで非日系のブラジル人に馴染みのなかった醤油や味噌の普及に貢献されました。また、10年以上にわたりサンパウロ州菓子・保存食産業組合会長の幹部を務めており、日本食の食品規格を定めること等を通じ、ブラジルにおける日本食の質の向上及び普及に貢献されました。
さらに、15年以上にわたりサンタクルス日伯慈善協会の役員をつとめ、サンタクルス病院の経営状況の改善にも尽力されました。
(3)東 ルイス様
東様は、汎スザノ文化体育農事協会の会長として、同協会内に、日本語授業や日本の文化、価値観を取り入れた教育を行う学校「スザノ日伯学園」を創立することを提案し、長年に亘る尽力の末に同学園の開校を実現させた。このようにスザノ地域に於ける日本文化・日本語の普及、日系社会の発展、日伯の友好関係促進に大きく貢献されました。また、スザノ市議会議員を務めた際には、道路の舗装工事を働きかけ交通の便を改善した他、サンパウロ州で進められていた日本の地域警察システム導入プロジェクトの同市での取り入れに尽力し、多くの日系人が居住する地域の治安を改善する等、日系社会の福祉向上にも貢献されました。
(4)鈴木 章子様
鈴木様は、女流陶芸家の先駆けとして若い頃より日本で活躍後、昭和37年にブラジル移住後には、同国初となる登り窯を築き、地場の材料を用いた数々の作品を各地の個展や展覧会で発表。ブラジル陶芸界の第一人者として、日用品としての認識が一般的であった陶器に対する評価を、日本の伝統技術に裏打ちされた高度な芸術品として広く認知・普及させることに大きく貢献されました。後進育成や日本の陶芸技術の継承にも取り組んだほか、その長年に亘る精力的な活動は、日本文化の普及のみならず、日伯両国の文化交流や友好親善の促進、ブラジルにおける日本人及び日系人の地位向上にも大きく寄与されました。
(5)小賀 誠二様
小賀様は、薬理学・毒物分野に関する研究において、日本とブラジルの学術交流に尽力し、両国の相互理解促進に貢献したほか、サンパウロ大学の学生へ日本の大学で学ぶ機会を持つことを推奨するなど、次世代の日伯学術交流のための環境醸成に貢献されました。
また、ブラジルゲートボール連合会において会長等の要職を12年間勤め、同連合会創立30周年の国際大会開催、北海道芽室町との交流、ゲートボール団体を正式なスポーツ団体へと転換させるなど、ゲートボールを通じた日伯間の親善交流に貢献されました。
(6)ペドロ・イサム・ミズタニ様
ミズタニ様は、長年にわたり、ピラシカーバ日伯文化体育協会の活動に貢献。平成12年には同協会の文化スポーツ施設の土地購入に尽力し、地域のスポーツ文化発展に寄与されました。平成24年の会長就任後は、同団体の太鼓、踊り、カラオケ、格闘技、婦人会、高齢者ケア等、様々な部門の活動支援を行い、平成26年から27年にかけて同協会施設の改修工事に御尽力されました。平成25年から令和元年にかけて、「ピラシカーバ日本祭り」を開催し、地域の日本文化の発展に貢献。同時に、エタノール生産大手であるコザン社の経営審議会副会長及びライゼン社の副会長として、ブラジルの自動車産業やエタノール産業の発展に貢献されました。